“粘土” という大地の恵みで造形し、“窯” という古(いにしえ)の知恵で焼成する、東洋や西洋の伝統文化 。
特に我が国では、 1000 年以上もの歴史を誇る『備前焼』、 そして 400 年の歴史を誇る『伊万里焼』、
その他 『 瀬 戸 』 、 『 常 滑 』 、 『 丹 波 』 、 『 越 前 』 、 『 信 楽 』、『 有 田 』、 『 九 谷 』など、歴史上の窯を 挙げればキリが無い程の陶芸大国。
先人の卓越した美や形は現代にも引き継がれ、今も美や形を捜し求めている。また、それらの「匠」の業々は、先の人々にも引き継がれていく。
南部名久井焼は、昭和52年、青森県南部町に発祥した陶器工房。
故砂庭大作(1943−2006)によって築かれた工房は、手びねり成型による作品の独自性や五段式の登り窯が評価され話題を呼びました。 発祥から31年を経た南部名久井焼は、現在は砂庭大門が後継しています。
先代が確立した手びねり技法を継承し、確実なロクロ技術も習得した南部名久井焼は、いつの時代にも囚われないデザインを目指しております。
● 南部名久井焼の技法は〔ロクロ成形〕〔手びねり成形〕〔タタラ成形〕を柱に、 全てを手作業にて制作しています。
● 南部名久井焼の釉薬は自製調合し、〔若草釉〕〔島守釉〕など、地場で採取した石を使った、オリジナル釉薬の開発もしています。
● 南部名久井焼の粘土は、青森県内より産出した粘土を独自に配合をしています
● 焼〆( やきしめ ※登り窯焼成 ) は、焼成に係わる〔季節〕〔時間〕〔温度〕〔薪の質〕などにより、胡麻(自然の着色)が黄土色になります。
● 釉薬 ( ゆうやく ) は、自製調合による透明感、また、独自の掛け分け技法による部分的な濃淡が作品の表情を豊かにします。
備前焼人間国宝:故山本陶秀は、「ロクロの陶秀」と称えられ、その正確さと速さは誰もが一目置く存在でした。氏の弟子であった私(砂庭大門)はこの技術を習得させていただき、南部名久井焼の作陶や、当教室受講生の指導に活かしています。
1つの作品を作る時に、『 相棒 』という道具がなければカタチは成り立ちません。
南部名久井焼では、市販の道具の他に、その作品や陶工の手に合った道具を1つ1つ手作りしています。
“粘土”と一言で言っても、日本全国の窯産地で採取させる種類には、その産地分の種類や特性があります。 また、窯元独自の配合をすれば何百通りも存在します。 南部名久井焼の粘土は、青森県内より産出した粘土を独自で配合しています。
釉薬を作るには岩石の他に、鉄や銅、コバルトやニッケルマンガン、クロムといった自然の着色原料を使います。微量だと青色や黄色に焼き上がり、多くなるとビードロ状になる様に、調合次第でさまざまな色彩を作れます。 南部名久井焼の釉薬は自製調合し、独自の色彩を生み出しています。
窯焚(かまたき)とは、作品に魂を込める神聖な工程です。 1300℃の高温の中を何昼夜にもわたり炎と対話する作業は、全てに於いて気が抜けません。南部名久井焼はこの工程に全身全霊で臨み、燃え盛る炎に息吹を吹き込んでいます。
茶の湯の席では「一味同心(いちみどうしん)」という言葉をよく耳にします。 口にするものと同じく、1つの器にも同じ心で接することにより、その物の価値が表われます。南部名久井焼の器作りは、「碗は人を繋ぐ」という心を大切に、1点1点の作品に価値を求めています。
砂庭大門は『備前焼』という伝統の道義と作法を学び、『南部名久井焼』という新しき文化の道義と作法を学ぶ。
伝統の中にも改新が在り、文化の中にも回帰が在る様に、『創る』という事は簡単でない部分も多いかもしれない。 無から有を生み出す世界は、確固たる経験や信念が必要であるが故に、挑戦し甲斐がある。
時代の変化と共に衣食住の形も変わっても、これから先 「 食には器 」 、 「 住には土 」 が必要である。 これからも、手作り一貫主義にして、自分自身の姿を追い求め、それを多くの人へと伝えて行きたい。
|